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テクノロジーの進歩の影響をコンピュータ将棋の登場を起点に考える

みなさんこんにちは。このブログを書いている東急三崎口です。

この記事は新しい試みとして、コラム「テクノロジーの進歩が人間に与える影響を、コンピュータ将棋登場を起点に考える」について考えていきます。コンピュータ将棋の登場というのは、あくまでも着想の起点になった出来事にすぎません。テクノロジーの進歩が人間に与える影響について書きたかったので将棋を一つの題材としました。それでは、今日の本題である、テクノロジーの進歩が人間に与える影響についての話をします。

テクノロジーの進歩

まず、テクノロジーと聞いてみなさんは何を思い浮かべますか。科学技術みたいなイメージが強いのではないでしょうか。そのイメージはあっていて、テクノロジーの辞書的な意味はこのようになっています。

「科学技術。科学的知識を各個別領域における実際的目的のために工学的に応用する方法論。」

つまり、テクノロジーは科学技術そのもののことを指したり、科学的な知識を実際のモノを作ること(現代では、実在するモノではなく、アプリケーションを作ったりすることも含まれていると考えられます)に応用する方法論のことを指したりしています。科学技術は日々進歩しているので、テクノロジーも日々進歩しています。このテクノロジーの進歩によって、人間の生活は便利になってきました。例えば、100年前を考えてみるとスマートフォンはおろか、パソコン、コンピュータすら世の中には存在しませんでした。

さて、テクノロジーの進歩は人間にの生活を便利にしていることは疑いようのない事実ですが、人間に与えている影響はプラスのものだけなのでしょうか。これを、2つの例をもとに考えていきます。

  • コンピュータ将棋の登場
  • スマートフォンの登場

それぞれ、時代は少し違いますがテクノロジーの進歩が人間に与えた影響を考えていきます。

コンピュータ将棋の登場

まず考えるのが、コンピュータ将棋の登場です。コンピュータ将棋が登場したのが1960年代後半で、当初は詰将棋を解くことを念頭に置かれて作られたようです。人間との対局ができるようになったあとも、20世紀まではコンピュータ側が負けていて、プロ棋士(=人間)にコンピュータが勝つのは当分先だと考えられていました。現代では、将棋でコンピュータと人間が勝負したらどちらが勝つかということは、意味のない問い(誰もがコンピュータが勝つとわかっているから)だとされてしまうかもしれませんが、当時はコンピュータが人間に勝つ日が来るのか?ということが真剣に議論されていたわけです。

2000年代になるとコンピュータ将棋の棋力がプロに近づいてきて、2005年には日本将棋連盟がプロ棋士に対して無断でコンピュータとの公式対局を行うことを禁止する通達が出されました。それから時間が経ち、コンピュータ将棋の棋力がプロをも上回ることが現実になり、2017年に当時の佐藤天彦名人とコンピュータ将棋のPonanzaが対局することになりました。これは、電王戦として棋士のトーナメントで優勝した方と、Ponanzaが対局する前提で行われたもので、当時は現役名人とコンピュータ将棋の対局ということで、注目を集めていた記憶があります。結果は、Ponanzaの2戦2勝でコンピュータ将棋がプロのトップに勝利した歴史的な対局となりました。

ここで考えてみたいのが、コンピュータ将棋は30年前にはプロに勝てなかったのに現代ではプロを凌駕する力をなぜ持てたのかということです。これは、コンピュータ将棋のソフトの改良もありますが、本質的にはコンピュータの性能向上が理由です。というのは、30年前のコンピュータの性能は、今のスマートフォンの計算能力にも達していません。今のスマホの方が小さくなっているにもかかわらず、当時の先端コンピュータよりも圧倒的に高性能です。これは、半導体の技術の進歩が大きく関係しているんですが、半導体の技術に関して書くと長くなるので、別の機会に書くことにします。

コンピュータ将棋がプロのトップ棋士に勝利したということは、人間は将棋でコンピュータには勝てないことをはっきりを表しています。これが、将棋に及ぼした影響を考えてみます。コンピュータが人間に棋力で及ばなかった時代は、人間が一番強いわけですからコンピュータの持ち込み云々を考える必要はありませんでした。また、人間の方が強いわけですからコンピュータ将棋を研究に使う必要もなかったはずです。

コンピュータ将棋の方が人間よりも強いということは、純粋に将棋の強さでいえば人間対人間の対局よりもコンピュータ対コンピュータの方が「強い」対局を見ることができることになります。それでは、人間が将棋を指すことの意義はどうなったのでしょうか。コンピュータ将棋が人間のトッププロに勝った時点を境に、人間が将棋を指す意味合いは、はっきり変わったと考えられます。それまでは、人間同士が対局することで将棋を追求していくことがトッププロが指すことの意味合いに入っていました。しかし、次の一手でどの手を指すかということに関しては、現代ではコンピュータの方が正確な手を出せるようになっています。そうすると、人間同士が対局する意味合いは、競技としての将棋を人間同士が戦いその優劣をつけることになります。陸上で移動する手段としては走ることより速いものがたくさんあるにもかかわらず、100m走は競技として走る時間の勝負をしているように、将棋という競技の強さを人間同士で競う形に変化したんだと私は考えています。

そうすると、人間が将棋というゲームの「強さ」を高めていくためにはどんな方法があるでしょうか。実は、コンピュータ将棋が人間に勝てる力を持つ前と後では、決定的に違う部分があります。それは、人間がコンピュータ将棋の指し手をベースに考えるかどうかという点です。コンピュータ将棋が人間より強い世界では、人間よりコンピュータの方が強いわけですから、人間が人間に勝とうとした場合コンピュータの力を借りるのが手っ取り早いです。

棋士の中でも研究にコンピュータ将棋を使うことに積極的だった人と消極的だった人がいるはずです。なぜなら、コンピュータ将棋を使うことはここ最近出てきた方法であって、使うためには新しいものを取り入れないといけないからです。仮にコンピュータ将棋が出てきたときに60代であれば、新しく取り入れることはやらないかもしれません。しかし、これから棋士になる世代はどうでしょうか。コンピュータ将棋が強いのは当たり前として受け入れている世代なので、コンピュータ将棋を使わない選択肢は無いのではないでしょうか。そうすると、時間が経過すればするほど、コンピュータ将棋を受け入れた人と受け入れなかった人の間の差が開いていきます。コンピュータ将棋が強くなったことで、それを使う人と使わない人の間に差が出てきて、どちらかというと使わない人が損をするような世界に近づいていきます。テクノロジーの進歩のおかげで、将棋ではコンピュータが人間に勝つことができるようになりました。しかし、もともと将棋を指していたプロ棋士の中にはコンピュータ将棋が出てきてから勝率が下がった人もいるかもしれません。これは、テクノロジーの進歩がもたらした一つの負の側面なのかもしれません。もちろん、コンピュータ将棋を利用することで勝率を上げた人もいるでしょうから、トータルとしてはテクノロジーの進歩は人間に対してプラスの影響を与えているはずですが、負の側面も生まれたことは否定できません。

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スマートフォンの登場

次に考えてみるのが、スマートフォンの登場です。もはや、今の10代や20代前半の世代は携帯電話=スマートフォンという認識かもしれません。もともと、今ではガラケーと呼ばれる携帯電話がありました。スマートフォンが登場する直前の時代の携帯電話でできたことといえば、電話・メール・ちょっとしたWeb検索・テレビ視聴くらいでしょうか。電話とメールがメインの機能で、Webサイトが少し見れて、ワンセグ搭載の機器であればテレビを観ることもできたような気がします。Webサイトが見れると言っても、通信速度が遅かったので現代のように動画を観ることなんて到底できませんでした。かつ、パケット通信料も契約によっては従量課金制だったので、意識しないで使っていたら高額の請求が来たなんて話もあった気がします。

そんなガラケーしかない世界に、スマートフォンが初めて登場したのが2007年です。初のスマートフォンと言われている、Apple社のiPhoneが発売されました。機器のスペックとしては、現代のものには及びませんが、スマートフォンの機能自体は、当初からほとんど完成しているように見えます。もう、iPhone登場から15年が経ちました。15年経って、もはやガラケーを使っている人の方が少なくなりました。(というか、ガラケーを使っている人を探す方が難しいかもしれません。) 

スマートフォンはスティーブジョブズがiPhoneを作り出さなかったら生まれていなかったかもしれませんが、iPhoneを可能にしたのは、「パソコンと同程度の性能を持つ半導体チップ」と「タッチパネル」と「通信機器」を手のひらサイズで組み合わせることができるテクノロジーの進歩だと私は考えています。iPhoneが生まれていなくても、スマートフォン自体は数年遅れて別の人が作り出していたのではないかと思います。なぜなら、スマートフォン自体を作ることのできるテクノロジー(科学技術)は当時存在したからです。とはいえ、今から20年近く前にスマートフォンを着想し、実際に製品を作り全世界に普及させたApple社の先見性は、すばらしいところがあると思います。

iPhoneの登場によってスマートフォンという概念が作られて、Apple以外の会社もスマートフォンを作るようになりました。スマートフォンの登場は、人間の生活を劇的に便利にしました。持ち運べる端末でインターネットが利用できて、アプリを入れることができるのはスマートフォン普及以前からすると考えられない世界です。ここで考えてみたいのが、スマートフォンの登場および普及によって損をした立場の人はいるのか?ということです。一つ明らかに損をしていると考えられるのが、ガラケーを作っていたメーカーです。日本のガラケーを作っていたメーカーは、今までは売れていたガラケーが急に売れなくなって人々がスマートフォンを買いだすわけです。もちろん、もともとガラケーを作っていたメーカーは後からスマートフォンを作っていますがiPhoneのシェアにはかないません。日本ではiPhoneの人気が高いと言っても、今でも日本ではスマートフォンのシェアでiPhoneが一番高いのは驚きです。

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時代の変化=パラダイムシフト

テクノロジーの進歩によって、大きな変化が起こったものの例として将棋とスマートフォンを取り上げました。将棋は、コンピュータの技術の進歩によって、コンピュータ将棋が人間に勝つようになりました。スマートフォンに関しては、それまでガラケーを使っていた人々がスマートフォンを使うようになりました。これは、時代が変化したというに他なりません。この時代の変化というのは、もっと踏み込んで言うと何になるでしょうか。時代が変化したということは、その時代を生きている人々の感覚の中の「当たり前」が変わったということです。人々の感覚の中の「当たり前」は、人々の世界の見方とも考えることができて、これがパラダイムでパラダイムが変わったということはパラダイムシフトが起こったといえます。パラダイムの辞書的な意味は、

「パラダイムとは、範例という意味のことである。簡単にいうと、思考の方法論やものの見方ということである。」

となります。パラダイムが変わることのきっかけとなるは、大きな出来事やテクノロジーの進歩です。大きな出来事としては、戦争・自然災害・感染症があります。テクノロジーの進歩としては、コンピュータの性能向上があげられます。例えば、感染症に関して言うとコロナウイルスの流行によってそれまで出社するのが当たり前だった日本の会社ですら、リモートワークが急に導入されたりすることがパラダイムが変わったことに当たります。「仕事=出社」するという考え方から、「リモートでも仕事ができる」という考え方に変わったわけです。

このパラダイムの変化は急激に起こります。コロナウイルスの流行も、当初は海外で起こっている自分に関係ないことだと思っていたとしても、日本国内で流行が始まると急にコロナウイルス対策をしなければならなくなり、それまで形ではリモートワークを導入していなかったような会社でもリモートワークをするように対策を取らなければならなくなりました。iPhoneも最初に発売されてから、日本で初めて扱った携帯電話会社はソフトバンクでしたが、iPhoneが人々の人気を集めているのを見てauが追随し、最後にはDocomoでも扱うようになっています。そして、スマートフォンが世の中にある状態で今更ガラケーを使う理由は無いです。もともと使っていて、ガラケーを使い続けている人はいるかもしれませんが、今から新規で携帯電話を契約する人でわざわざガラケーを買う人はいないでしょう。

そして、このパラダイムシフトはシフトしている前後の世界を知っている人からすると、「変化」に感じますがあとから生まれてくる世代からすると「当たり前」に変わります。現代を生きている私たちにとっては、インターネットがあるのを当たり前だと思っていますが、第二次世界大戦前の世界では、インターネットは無かったわけです。このように、パラダイムシフトが起こったあとに生きている世代からするとその時代にあるものは当たり前として受け入れていくようになります。

環境変化に対応できないと取り残される

テクノロジーが進歩するスピードは、日に日に速くなっています。これは、インターネットの普及によるところが大きいです。新しいもの・新しい技術・新しい情報が出てきたら、インターネットに乗せることで瞬時に世界中に広めることができます。これはインターネットがあるがゆえに、日本のみならず世界中の変化の影響を瞬時に受けることにもなります。つまり、スマートフォンに変わるような新しい画期的なモノが生み出されたとしたら、それが瞬時に世界中に情報として広まり、人々に受け入れられればスマートフォンのシェアが急激に落ちることだって考えられるわけです。まだ、今ではスマートフォンのシェアが急激に落ちることは想像もできませんが、ガラケー全盛時代にはガラケーのシェアが落ちることなんて考えられていなかったので、同じことがスマートフォンにも起こらないとは限りません。しかも、スマートフォンのコンセプトが考えられてからすでに20年近く経っていることを考えると、画期的な製品が作られてもおかしくはないと個人的には思っています。

インターネットによって、全世界に情報を瞬時に発信することができるようになった反面、世界中の影響を瞬時に受けることにもなっています。そうすると、テクノロジーの進歩によって画期的なもの・技術・サービスを生み出す人がいれば、その影響を世界中が瞬時に受けることになります。つまり、世界が変化するスピードが今後も上がっていくと考えられます。変化し続ける世界で、新しいテクノロジーについていけなくなるとどうなるでしょうか。新しく生み出されたものを使いこなし便利さを享受する人と、新しいものを使わずに今までのものを使い続ける人に分かれます。変化に対応できないということは、世界の変化から取り残されてしまうことになるわけです。世界の変化から取り残されてしまった場合、行きつく先は過去の固定観念から逃れられない化石のような考え方です。

変化に対応するにはどうしたらいいのか

正直なことを言うとこれだけスマートフォンが普及した現代で、ガラケーしか持っておらず(併用している人ならまだわかりますが)ガラケーしか使っていない人がいたら、その人は変化に取り残されている人だといえます。ガラケーでしかできないことなんて、もはや無いはずです。バッテリーの持ちは、ガラケーの方がいいでしょうが、バッテリーの持ちがいいからというだけでガラケーを使い続けるのは、スマートフォンを使って得られるメリットを考えれば、ありえない選択肢になるはずです。

これが、先ほど書いた「化石」のような考え方をしている場合の例です。今後世界は変化し続けていくことを考えると、私たちは近い将来今の時代からは想像もしないような便利なものを使うことができるようになっているんでしょう。おそらく、20年後にスマートフォンを使い続けているかと言われると違うような気がしています。

変化に対応するためには、今当たり前だと考えているものを捨てて新しいものを取り入れていく考え方を持たなければいけません。今までの考え方を捨てることは今までの経験から外れることをすることになるので、年齢を重ねていれば重ねているほど難しくなります。それこそ、若い世代は今まで積み上げてきたものが少ないので新しいものを取り入れやすいはずです。仕事に関しても、その仕事を1年しかやっていない人と、40年続けてきた人では、新しいものを取り入れやすいのが1年しかやっていない人であることは明らかです。しかし、残念ながら今後もテクノロジーの進歩は続くので、私たちは世界の変化に対応し続けないといけないわけです。今持っている考え方を捨てて、新しいものを取り入れ続けないと生き残っていくことはできないと言っているようなものなので、大変といえば大変だと思います。そうすると、変化に対応できる人と、変化を望まない人に分かれていき、二者の差が広がっていくことは間違いないでしょう。

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まとめ

この記事では、テクノロジーの進歩が人間に与える影響をコンピュータ将棋登場を起点に考えました。内容としては、

テクノロジーの進歩は今後も加速していき、変化に対応できる人とできない人の間の差は広がるばかりであり、変化に対応するには今まで当たり前だと思っていた考え方を捨てられるかが重要だということになります。

長くなりましたが、この記事はここまでです。

おわりに

今回は、ハマスカ放送部の洋楽ダウトの放送回について紹介しました。記事の中でわからないことがあったり、明らかに違うだろうと思われることがありましたら、コメント等をいただけると嬉しいです。それでは、次回の記事でお会いしましょう。

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雑記

Posted by tokyu351