みなさんこんにちは。このブログを書いている東急三崎口です。
この記事では、パワー半導体の次世代材料として研究が進められているSiCについて、新規手法で性能改善ができる論文について読み解いていきます。
半導体を理解している人向けに書いているので、専門用語がたくさん出てくるのはご容赦ください。
記事を知ったきっかけ
この記事で取り上げる論文は、2020年に発表されていて2年くらい前の話になります。EE Timesでこんな記事が出ていました。
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2008/21/news089.html
内容としては、SiCを酸化せずに形成したSIO2層をN2アニールすると、界面準位が減少して良好なSiC/SiO2界面が形成できるというものです。
2020年時点で、この記事の内容だけ読んで率直にすごいなと感じていました。
すごい印象は持っていたんですが、最近半導体の記事を書き始めて、SiC/SiO2界面の論文の原著は読んで無かったのを思い出したわけです。
原著論文
EE Timesの記事で取り上げられている論文の原著はこちらです。
https://iopscience.iop.org/article/10.35848/1882-0786/ababed/meta
Applied Physicss Expressという雑誌に出ている論文です。Google Scholarで探すと、全部の内容が読めるようになっています。
論文の著者を見ると、京都大学と東京工業大学の方の名前が並んでいます。日本の大学の研究成果ということになるんでしょう。
従来のSiCの課題
ここからは、論文の内容に入っていきます。
SiCは、パワー半導体の次世代材料として研究されています。
SiCがパワー半導体の次世代材料として期待されている理由は、この3つです。
・バンドギャップが広い
・絶縁破壊電界が大きい
・熱伝導性が良い
これらに加えて、SiCを使って作られたMOSFETは低損失なスイッチング特性を持つと期待されています。
しかし、SiCを実用化するには課題がありました。
多量に存在する界面準位
電力用のスイッチングに使われるMOSFETを作ろうとすると、SiCの表面に絶縁膜を作る必要があります。
絶縁膜として半導体プロセスでよく使われているのはSiO2です。
SiO2は、シリコン(Si)を酸化すると表面に形成されます。身近なところだと、ガラスの主な成分がSiO2です。
Siは、半導体デバイスに広く使われています。その理由は、熱酸化するだけでSiO2を形成することができて、かつSi/SiO2界面の特性が非常に良いからです。
実際には、Siを熱酸化してSiO2を形成しただけだと、Si/SiO2界面にあるSiの未結合の結合手(ダングリングボンド)が残っています。
ダングリングボンドが残っていると、Si/SiO2界面をMOSFETとして使うときに界面にいるキャリアをトラップしてしまいます。それを防ぐために、Si/SiO2界面を利用する場合にはダングリングボンドを終端するために、水素ガスでアニールが施されています。
つまり、Siをベースにした半導体の場合には、Siを酸化してSi/SiO2界面を形成したあと、水素でSiのダングリングボンドを終端することで良好な界面特性を得ていたわけです。(水素でSiのダングリングボンドを終端できることを見つけた研究者の方はすごいですね。水素は可燃性ですし、爆発するリスクもあるので普通は使いたくないはずなんですが。)
SiCの話に戻ります。SiCはシリコン(Si)と炭素(C)から形成される半導体です。
SiCを酸化すると、SiCに含まれるSiが酸化されてSiO2を表面に形成することができます。熱酸化でSiO2を表面に形成できることが、SiCのメリットだとされていました。
従来のSiを熱酸化する方法に似ていますし、Si/SiO2界面の特性が非常に良いので、メリットに見えます。
しかし、SiCを酸化して形成したSiC/SiO2界面には、界面準位が非常に多く形成されるという課題がありました。
非常に多いというのは定性的な言い方ですが、Si/SiO2界面の界面準位の100~1000倍の界面準位があると言われています。
界面準位があると、MOSFETとしてSiC/SiO2界面を使う場合、界面準位にキャリアがトラップされてしまいます。
そうすると、結果的にMOSFETとして使う場合の反転層移動度が落ちます。結果的に、SiCはSiC/SiO2界面に存在する多量の界面準位が原因で、理論的に予測されている移動度より非常に低い性能となっていました。
これまで研究されてきた内容
SIC/SiO2界面に存在する界面準位を減らすことは、SiCを実用化するにあたって喫緊の課題なので、これまで多くの研究がなされていました。
SiCの界面準位を減らす方法として大きく2つの方向性があります。1つ目は、SiCとSiO2界面に別の原子を導入することです。2つ目は、SiC/SiO2界面を酸化方法やアニール方法を変えることで純粋に改善していくことです。
1つ目の、SiCとSiO2の界面に別の原子を導入することとしては、N(窒素)・P(リン)・B(ホウ素)・Na(ナトリウム)・Ba(バリウム)などの原子を入れることが、試みられていたようです。
このうち、Nを導入するのは界面準位を低減するのに一定の効果がありますが、十分とは言えないレベルです。
N以外のP・B・Na・Baに関しては、高い移動度が報告されていますが、酸化膜の信頼性に懸念があります。
2つ目の、酸化方法やアニール方法を変える方法としては、色々な手法が検討されていたようです。
酸化後の急速冷却(600℃/min以上)や、1400℃以上での高温酸化、低酸素分圧での酸化後アニールなどが挙げられます。(さらっと書いてますけど、どれも技術としてはすごいことではないでしょうか。)
しかし、どの方法でも高い移動度は報告されていないと論文では述べられています。
これだけ色々な研究がなされていても、SiC/SiO2界面の界面準位は低減できないわけですから、非常に難易度の高い研究であることが想像されます。
これだけ困難なSiC/SiO2の界面準位低減に関して、論文の著者は逆転の発想をしています。
論文の著者の着想
非常に多くの研究が行われていますが、それでも改善が見られないSiC/SIO2界面の界面準位について、論文の著者はこのような着想をしたようです。
・SiCを酸化すると必然的に界面特性は劣化する
・炭素欠陥と伝導体端のふらつき(fluctuation)が原因だろう
そして、SiCを酸化することがSiC/SiO2界面特性を劣化させるのであれば、SiCを酸化せずにSiC/SiO2界面を作ればいいではないかという発想にいきついたようです。
この論文のキーポイントは、このコンセプトです。
SiCを酸化せずにSiC/SiO2界面を作る
SiCは酸化すればSiO2を形成できることが、メリットとして考えられていました。もちろんメリットではあります。(SiC以外の次世代半導体では熱酸化してSiO2が形成できるものはありません。)
しかし、これまでの研究結果を踏まえて、メリットとされていたSiCを熱酸化することが本質的にSiC/SiO2界面の特性を劣化させるのではないかという仮説を立てられているところがすごい着想です。
個人的には、論文の中の細かい酸化手法よりも、従来メリットとされていたSiCの熱酸化を否定して、SiCを酸化しないでSiC/SiO2界面を形成するというのが、ブレイクスルーにつながったのではないかと思います。
新規酸化手法
SiCを酸化せずに、SiC/SiO2界面を形成するために、4つのステップで実験が行われています。
1.水素でSiC基板表面をエッチング
2.SiC基板上にSiを成膜
3.750℃以下の温度でSiを酸化
4.高温(<1600℃)でN2アニール
3のステップで用いられている750℃というのが鍵で、SiCは酸化しないけれど、Siは酸化する温度域になっています。
この温度を使ってやることで、SiCは酸化させずにSiだけ選択的に酸化してSiCを酸化せずにSiC/SiO2界面を形成しています。
4のステップでN2アニールを行っているのは、SiC/SiO2界面に生じる炭素欠陥やダングリングボンドを終端するためです。
結果をまとめると
論文の中の詳しい実験内容については、読める人しか読めないと思うので細かくは書きません。
(多分、SiCやSiの研究をされていた経験のある方や半導体の界面特性評価をされた経験のある方しか、読んでも意味が理解できないと思います。)
SiC/SiO2界面を酸化してしまうと、後から終端化しようとしても界面準位を低減するのは困難です。
一方、SiC/SiO2界面を酸化せずに形成した場合、N2アニールを施すことで、界面準位を低減できて、SiCを酸化してSiC/SiO2界面を形成した場合と比較して界面準位の量が1/10に減らせます。
このことを、C-V特性を測定して界面準位密度を評価することで述べています。
また、界面準位を低減できる酸化方法で形成した絶縁膜の絶縁破壊電界の測定もされています。
従来の方法と同等の絶縁破壊電界が実現できていて、問題ない結果だとされています。
これらの結果から、論文の筆者はSiCを酸化せずにSiC/SiO2を形成することで、SiC/SiO2の界面準位を低減できると結論づけています。
界面準位が減ったら何が変わるのか
ここまで、SiCを酸化せずにSiC/SiO2界面を形成する、画期的な手法の論文の内容について書いてきました。
それでは、SiC/SiO2の界面準位を減らせると、何が変わるのでしょうか。
1つは、SiC-MOSFETの性能向上が図れることで、SiCを使ったパワーデバイスの性能が向上することが考えられます。
SiCを使ったパワーデバイスは、2020年の論文が出る前から使われてはいます。
例えば、東海道・山陽新幹線で走っている新幹線の新型車両にはSiCを適用したパワーデバイスが使われています。
鉄道車両は、使用期間が非常に長く、機器を搭載するスペースが限られていることから、SiCのパワーデバイスが採用される例が増えています。
鉄道車両ではSiCパワーデバイスの採用が進んでいますが、今後パワーデバイスの需要が増えると考えられるのは、車載用途です。
ハイブリッド車でもモーターは搭載されていますが、電気自動車の普及が進むとモーターの需要がますます増えます。
モーターの制御には、電力制御用のパワー半導体が使われるので、SiCを使用したパワーデバイスが採用される可能性はあります。車載の場合、コスト・性能・信頼性がシビアに要求されるので、SiCを使用したパワーデバイスがコスト性能比と信頼性を満たせれば、使われる可能性はあります。
電気自動車が普及したら、もしかしたらSiCを使用したパワーデバイスがみなさんの車に乗る時代が来るかもしれません。
まとめ
この記事では、パワー半導体の次世代材料として研究が進められているSiCについて、新規手法で性能改善ができる論文について書きました。
専門用語が多くてわかりにくい部分や、不正確な部分がありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
この記事はここまでです。読んでくださってありがとうございました。
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