みなさんこんにちは、このブログを書いている東急三崎口です。
この記事では、Western Digitalとの経営統合が破談になったキオクシアが、今後取れる選択肢について、現状の情報をもとにして考えていきます。
現時点で考えられる結論は、キオクシアが歩むであろう道は4つあり、キオクシアが主導権を持っていない以上、成り行きと利害関係者の中で誰の声が一番大きいかで決まるということです。
利害関係者の立ち位置をそれぞれの観点で見てから、今後キオクシアが歩むであろう4つの方向性を示します。
Western Digitalとの経営統合が破談になった理由を整理
まずは、Western Digitalとキオクシアの経営統合が破談になった理由を整理します。
Western Digitalとキオクシアの経営統合は、何度も取りざたされていましたが、日経新聞での報道のあと、結果的にWestern Digital側から交渉打ち切りが通告されて、結果的に頓挫しました。
このあたりの経緯は、別の記事で詳しく解説しています。



キオクシアとWestern Digitalの経営統合が破談になったと言っても、現時点で2社が行っている協業に関しては特に変わらないと考えられます。キオクシアとWestern Digitalの協業の仕組みについては、こちらの記事をご覧ください。

結果的に、キオクシアとWestern Digitalの経営統合が破談になったのは、キオクシアの株主にSK Hynixがいたことと、出資しているファンドであるベインキャピタルがGoを出せなかったことが原因でしょう。
これは、キオクシアの株主構成が関係しています。株主構成については、こちらの記事で解説しています。

キオクシアとWestern Digitalが経営統合すると、NANDフラッシュメモリ市場でシェア30%程度の企業が誕生することになるので、中国の独占禁止法審査が厳しいのではないかという予測がされていました。しかし、現実的には中国の独占禁止法審査以前の段階で頓挫していまいました。
結果的に、キオクシアはWestern Digitalとの経営統合を断念し、自力での業績回復を選ばざるを得なくなったことになります。
利害関係者の利害が一致することは無い
キオクシアの利害関係者を見てみます。

直接・間接にかかわらず、多くの利害関係者がいることがわかります。利害関係者をまとめると、このようになります。
【キオクシアの利害関係者】
・株主
・債権者(主に銀行)
・協業先(Western DigitalのNAND部門)
・各国政府(日・米・中)
各国政府は、直接的な利害関係者ではありませんが、この話をする上で欠かせないので、あえて利害関係者の中に入れました。それぞれの立ち位置を解説していきます。
株主
キオクシアに出資している株主は、大株主としては東芝・HOYA・ベインキャピタルの3者です。このうち、ベインキャピタルはSK Hynixから出資を受けているので、間接出資を含めるとSK Hynixも含めた4者になります。
【キオクシアの大株主】
・東芝
・HOYA
・ベインキャピタル
・SK Hynix(間接出資)
キオクシアの株主構成はこのようになっています。

東芝が40.6%、HOYAが3.1%、SK Hynixが間接保有しているBCPE Pangea Cayman2が15%(厳密には、ギリギリ15%未満ですが四捨五入の関係で15.0%になっています)、残りのほとんどをベインキャピタルが保有しています。ベインキャピタルには、SK Hynixが資金提供していますが、表向きの議決権はベインキャピタルが持っているようです。
東芝
東芝は、キオクシアの株式を40.6%保有しています。もともと、キオクシアは東芝の半導体メモリ部門だったので、ファンドへの売却後に再出資して40.6%の議決権を保有しています。
東芝の立場としては、キオクシアの株式を早く現金化して売り切りたいという気持ちが強いでしょう。なぜなら、40.6%も株式を保有していながら、東芝はキオクシアの経営に関与していません。しかし、株式の保有比率が高いので、東芝から見るとキオクシアは持分法適用会社になっています。
持分法適用会社だと、キオクシアの損益が東芝の決算にも反映されます。つまり、キオクシアの経営には関与できない状況なのに、キオクシアの業績が悪いと、東芝の連結決算に悪影響が出ます。
東芝からすると、キオクシアの経営には関与していないのでコントロールできないにもかかわらず、連結決算の損益が悪くなることは東芝の株主に対して説明ができない話になります。東芝はJIPが買収して非上場化される予定なので、モノ言う株主の要求は無くなりますが、JIPに出資した投資家(会社)の意向が強く働くことは間違いありません。
こういう状況からも、東芝はキオクシアの株式を早く手放して現金化したいはずです。
HOYA
次に考えるのは、HOYAですがHOYA自体は出資比率も小さいですが、早く現金化したいことには変わりないでしょう。もともと、キオクシアはIPOを出口戦略にしていましたが、IPOを取り下げてから3年近く経ちます。
HOYAからしても、キオクシアの株式として資金を塩漬けにしておくことは、望ましくないのは間違いありません。
ベインキャピタル
ベインキャピタルは、アメリカの投資ファンドです。投資ファンドが目指すのは、半導体メモリ部門を買った額よりも高く売ることです。ファンドですから、買った額と売った額の差額が利益になるわけです。
ベインキャピタルが、キオクシアの買収スキームを立てた時にどの程度利益を見込んでいたのかはわかりませんが、早く出口戦略を立てて現金化したい状況に変わりはないでしょう。ファンドとしては、確実に買った額よりも高く売れるようにしないと、差額が損失につながるわけで、損失を出さないような出口戦略を描けていないのが実情だと思われます。
SK Hynix
SK Hynixは、キオクシアの同業のメーカーなので、他の株主とは立ち位置が変わります。投資という面では、キオクシアの株式を高く売れればいいわけですが、自社が不利になるような経営統合や合併を許容することはできないでしょう。
キオクシアがNAND市場でシェアを伸ばすような経営統合・協業・他社による合併は容認できないというのが、SK Hynixとしての立ち位置です。キオクシアの株式が高く売れればいい他の株主との利害が一致しないのがよくわかります。
また、SK Hynixの持ち分とされているBCPE Pangea Cayman 2の約15%の株式以外にも、ベインキャピタルが持っている株式にも投資しているのを考えると、ベインキャピタルの選択へ間接的に関与してくると考えられます。
債権者
株主の次は、債権者について見ていきます。キオクシアに関わる債権者としては、大きく分けて3メガバンクと日本政策投資銀行(DBJ)があります。
3メガバンク
3メガバンクは、キオクシアに対して巨額の融資を行っています。融資の内訳に関しては、過去の記事で詳しく解説しています。

キオクシアは借り換え前の段階で、3メガバンクから9000億円近い借金をしています。銀行側からすれば、これだけ借金をしている会社に対して、追加で融資を行うのはかなり厳しい状況であることは想像に難くありません。ただ、巨額すぎて「返せません」と言われると大変なことになることもはっきりわかります。
つまり、3メガバンクは貸した以上、借り換えを重ねたとしても返してもらうしかないという状況に置かれていると考えられます。3メガバンクとDBJは日経新聞の報道によると、キオクシアに対して総額2兆円程度の融資を検討しているようですが、ここまで貸すのであれば、どうにかして返してもらえないと銀行としてはたまったものではないでしょうね。
日本政策投資銀行
3メガバンクと並んでキオクシアへの融資を行っている日本政策投資銀行は、少しだけ毛色が違います。
というのは、日本政策投資銀行は融資という形ではなく、優先株を保有する形で出資しているからです。日本政策投資銀行が保有している優先株は3000億円ありますが、優先株のルーツを探ると東芝のメモリ部門が売却された時にさかのぼります。
メモリ部門が売却された当時、優先株という形で計6840億円の出資を受けました。この時、日本政策投資銀行は出資していません。その後、優先株を償還して優先株で出資を受けた額を、メガバンクからの融資と日本政策投資銀行からの優先株の出資という形に変えています。
この時に、日本政策投資銀行から優先株という形で3000億円の出資を受けたわけです。ただ、この優先株は償還期限が設定されています。会計の視点で見ると、日本の会計基準では優先株は出資として扱われて自己資本扱いになります。しかし、償還が必要な優先株は、国際会計基準で見ると「負債」として扱われます。
日本政策投資銀行から見れば、キオクシアへの3000億円の出資は、償還期限が設定されており、最終的に現金として戻ってくることを前提にしているわけです。しかし、キオクシアから見ると、優先株として出資されている3000億円を償還してしまうと、(日本の会計基準で見たときに)自己資本が3000億円目減りすることになります。
NANDフラッシュメモリ市況の回復が遅れていることを考えると、日本政策投資銀行の優先株を償還してしまうと、自己資本比率が目減りしてしまうので、キオクシアから見ると優先株としての出資は何としても継続してもらわないといけないはずです。この点が、メガバンクと日本政策投資銀行の違いです。(自己資本が減ると、銀行はさらにお金を貸してくれなくなるので、日本政策投資銀行の出資は続けてもらわないと困るというのが、キオクシアの立場でしょう。)
協業先
協業先としてキオクシアと関わっているのは、Western DigitalのNAND事業です。少し前まで、Western DigitalはHDD部門とNAND部門を持っていましたが、先日の決算発表でNAND部門をスピンオフすることが正式に発表されました。
従来、キオクシアはHDD部門とNAND部門を持っているWesstern Digitalと協業している形でしたが、NAND部門がスピンオフされた後は、NAND部門だけスピンオフされた会社と協業を行うことになります。
Western DigitalのNAND部門がスピンオフされた会社は、キオクシアと同じNANDフラッシュメモリ専業メーカーになります。つまり、キオクシアとほとんど同じビジネスモデルになるわけです。もはや、ここまでくると2社が別々で経営することに対するメリットって何なんだろう?と感じてしまうくらい、NAND一本足になってしまいます。
Western Digitalとキオクシアの経営統合は破談となりましたが、Western DigitalのNAND部門がスピンオフされた会社とキオクシアが経営統合の検討を行う可能性は十分にあるのではないかと私は考えています。
とにかく、NANDフラッシュメモリ一本足打法のビジネスをするのであれば、メモリ市況が回復してくれないと話になりませんし、市況の変化が激しい半導体メモリ一本足で勝負するのであれば、自己資本比率を少しでも上げていかないと、競合メーカーとの競争に勝ち残っていくのは厳しくなります。
政府
最後に、ざっくりとした視点ですが日本・米国・中国政府の視点を考えていきます。
日本
日本政府としては、キオクシアはNANDフラッシュメモリを製造している、唯一の日本メーカーであることと、昨今の半導体不足、そして経産省が半導体産業に巨額の補助金を出している状況を踏まえて、キオクシアが外資に売却されることは避けたいと考えているはずです。
現状、日本の半導体メーカーで先端ロジック半導体を製造できる会社は無く、DRAMに関してもMicronの工場は広島にありますが、日本メーカーで先端DRAMを作っている会社はありません。
そんな状況の中で、キオクシアはNANDフラッシュメモリを作っている、貴重な日本のメーカーであることは間違いないでしょう。そうすると、キオクシアが経営統合するにしても、経営の主体がキオクシア側にあることは、日本政府としては重視していたはずです。この辺の日本政府の思惑が、Western Digiatalとキオクシアの経営統合に関する株式の持分比率にも表れていたんだと考えられます。
結果的に、Wesstern Digitalとキオクシアの経営統合は破談になりましたが、日本政府としては日本メーカーで先端半導体を作れる会社を残しておきたい意向は変わらないと考えられます。
米国
米国政府としては、キオクシアとWestern Digitalの経営統合は、うまくいこうが破談になろうが構わなかったのではないかと考えています。米国メーカーとしては、先端ロジック半導体でIntelが、DRAMとNANDフラッシュメモリではMicronが、NAND単独ではWestern Digitalがあるわけで、自国企業でとりあえず、ロジック半導体とメモリ半導体を供給できる状況にはあるわけです。
米国が一番嫌ったであろうシナリオは、キオクシアがSK Hynixと統合するような形です。中国の独禁法審査やWestern Digitalとの協業をどうするのかが課題としてあるので、実現したかどうかは置いておいて、仮にキオクシアがSK Hynixに吸収される形になると、NAND市場では、2強2弱の形が鮮明になります。
つまり、Samsung・SK Hynixの韓国勢2強と、Western Digital・Micronの2弱に分かれる状況になります。半導体メモリ市場で、シェアが小さいのは設備投資や研究開発費を回収する観点から見ると、明らかに不利です。
そうすると、DRAM市場のように、Samsung・SK Hynix・米国系の1社のような市場構造に収斂していくのは、明らかです。寡占市場化すれば、メモリメーカーの取り分は増えますが、半導体メモリ(DRAMとNANDフラッシュを含めて)の約7割が韓国資本の会社で占められるのは、良い状況ではないと考えているはずです。(もちろん、韓国の立場からすれば万々歳だと思いますが。)
結果的に、半導体メモリ市場が寡占化するということは、メモリの買い手であるIT企業(GAFAMなど)が高く買わないといけない状況を生み出すことになるので、こういう見方からしても、米国としてはメモリ市場の寡占化は歓迎していないだろうと考えられます。
中国
中国政府としては、NAND市場で米国企業が強くなる経営統合など、認められるはずがないと考えていたはずです。
第一、米国は中国に対して先端半導体の製造に使える製造装置等の輸出制限を行っています。中国としては、米国が輸出制限をするのであれば、お金をつぎ込んででも自国で半導体を製造できるようにするはずです。
一時的に、研究開発のスピードは鈍化するでしょうが、最終的には先端半導体を作れるようになるところまで、持っていくつもりだと考えられます。識者の方が指摘している通り、米国の半導体規制は中国の研究開発スピードを遅くして、時間稼ぎをすることはできたとしても、中国が先端半導体やメモリ半導体の進歩させていくことを止めることはできないわけです。
NANDフラッシュメモリに限って言えば、中国にはYMTC(Yangtze Memory Technologies Corp)があります。YMTCは、128層のNANDフラッシュメモリを、XTackingで作っていると言われています。(XTackingは、キオクシアがCBA構造と呼んでいるものと、同じような技術です。)
最近では、YMTCが232層のNANDフラッシュメモリを製品化したと報じられており、中国としてはNANDフラッシュメモリを自国内で生産する下地は揃ってきているように感じます。あとは、市場シェアがどの程度あるのかと、製品の歩留まりが問題になりますが、技術的に製品を作ることができれば、あとのことは時間の問題でしょう。
中国はYMTCが自国内にあることもあり、米国(を含めた西側諸国)の半導体デバイスメーカーが統合して巨大化することには、絶対的に反対するでしょう。キオクシアがWestern Digital以外の会社と経営統合を考えたとしても、中国の独禁法審査の壁は非常に高いハードルとして、立ちはだかるのは間違いありません。
キオクシアが進む可能性のある4つの方向性
先に結論から書きます。自力での業績回復をせざるを得なくなったキオクシアが進む可能性のある4つの方向性は、このとおりです。
・IPOを再度目指す
・Micron or SK Hynixがファンドと東芝の株式を買い取る
・Western DigitalのNAND部門と経営統合を模索
・一度倒産させてスポンサーを探すor国有化

再度、キオクシアの利害関係者をまとめた図を出しました。この図を見ただけでも、利害関係者が多数いることがわかります。私が想定する、キオクシアが今後取れる道は4つです。それぞれのパターンについて解説していきます。
IPOを再度目指す
1つ目のパターンは、キオクシアがIPOを再度目指すことです。これは、多数の利害関係者に対して一番損が少ない方法です。ただ、IPOを再度目指すためには、いくつか条件があります。
キオクシアがIPOを目指すために必要な条件はこちらです。
【IPOを目指すための条件】
・国、銀行がキオクシアの支援を続ける(特にキャッシュフロー面)
・NAND市況が回復してキオクシアが単体で利益を出せるようになる
・東芝の意思決定が迅速に行われる
国、銀行がキオクシアの支援を続ける
何よりも一番大事なのが、国(日本)と銀行がキオクシアへの支援を続けることです。
現時点で、キオクシアは3メガバンクと日本政策投資銀行へ、借金の借り換えを依頼している状況です。つまり、借金を全額返せと言われても、返す現金を持っていない状況です。
他人資本(借金)に頼らないと、経営を継続できない状況にあるのは明らかなので、他人資本の出し手が資金を供給し続けてくれることが、IPOを目指すための絶対条件です。ここが崩れると、IPOどころか資金繰りに行き詰まり、最悪の場合倒産する可能性も出てきます。(銀行が、今すぐ全額借金を返済しろと言った瞬間に資金繰りが厳しくなるでしょう。)
そして、日本政府としても日本に半導体メーカーを残すという立場であれば、形を問わず資金的に援助していく必要があります。銀行は、あくまでも営利企業なので、会社がお金を貸してほしいと言っても、財務状況が悪ければ貸したくても貸せなくなってしまいます。そういう時に、最後のお金の出し手になりうるのは政府なので、政府がどう判断するかが重要です。
銀行がお金を出せない状況に陥って、政府が資金を出せなければ終わりなので、日本政府としてどう考えるかで最後は決まるんだと思います。
NAND市況が回復してキオクシアが単体で利益を出せるようになる
2つ目に重要なのが、NANDフラッシュメモリの市況が回復して、キオクシアが単体で利益を出せるようになることです。
IPOするということは、市場に株式を公開することになるので、赤字では投資家は株を買いたいと思わないでしょう。かつ、企業自体の成長性も株価に反映されます。NANDフラッシュメモリ一本足のビジネスは成長性を考えたときに厳しいと投資家が判断すれば、上場できても株価は低迷します。
つまり、次にNANDフラッシュメモリの市況が好転した時に、「NANDフラッシュでもこれだけ稼げるんだよ」というアピールを投資家にできるくらい稼げないと、IPOというのは難しくなってきます。IPOするにしても、株価が低迷するのであれば、ファンドは同意しないでしょう。
こういう意味で、銀行や国の支援を受けつつ経営を継続して次の市況回復期に、多額の利益を上げることがIPOを実現しようとした時に、一番理想的な形です。
東芝の意思決定が迅速に行われる
3つ目は、副次的な話ですが、東芝の意思決定が迅速に行われるかどうかはキオクシアにとって重要なので挙げました。
東芝は、非上場化される予定ですが、非上場化したと言ってもキオクシアの株式を保有していることに変わりはありません。しかし、東芝を子会社化したJIPはファンドなので、どの会社がどの程度議決権を持っているのか公開されていません。(もし公開されていたら、教えていただけるとありがたいです。)
そうすると、現時点で東芝はキオクシアの経営に関与できていないと言っても、東芝としての意思決定を求められる時が出てきた時に、誰が最終的な決定権を持っているのかがはっきりしないと、意思決定が困難になります。
IPOまでもっていくことを考えると、東芝としての意思決定を最終的に誰がどうやって下すのかが、不透明なのは1つのリスクです。
最終的にIPOできれば、出資した株主は市場で株式を売却してリターンが得られますし(株価が低迷しなければですが)、利益が出せていないとIPOできないでしょうから、債権者である銀行にもある程度借金を返済しながら経営が続けていけることになります。つまり、IPOできれば現在の利害関係者はあまり損しない結末を迎えることができます。
Micron or SK Hynixがファンドと東芝の株式を買い取る
2つ目のパターンは、MicronかSK Hynixがファンドと東芝の株式を買い取る場合です。中国の独禁法審査の壁があるので、実現可能性は低いですが、1つのケースとして考えています。
どういうことかというと、キオクシアを取り巻く利害関係者の中で、出資した株主は基本的に投資した分のリターンを得たいわけです。キオクシアは現状では非上場の会社なので、株式を市場で売買することはできません。非上場の株式に対してリターンを得る方法は、一般的には2つあります。
非上場の株式に対してリターンを得る方法は、株式を市場に新規公開することと、市場外で売買することの2つです。
前者がIPOですが、後者の可能性を探ってみようというわけです。
キオクシアの株式に対して価値を見出すのは、基本的に同業の半導体メモリメーカーに限られるでしょう。(もしかしたら、データセンタを持っている巨大IT企業も価値を見出すのかもしれませんが。)とすると、手を出すのであればMicronかSK Hynixに限られます。
既存の株主(東芝・ベインキャピタル・HOYA・SK Hynix)からすると、投資の回収という面では株式を現金化して、買った値段より高く売れれば取引は成立します。少なくとも、SK Hynix以外の株主は買った値段よりも高く売り抜けられれば、万々歳です。
そうすると、同業他社のメモリメーカーに株式を売却することが選択肢に入ってきます。(非上場の株式で譲渡制限が課されているはずなので、少数株主が抜け駆けすることはできないと思いますが。)仮に、SK HynixかMicronが東芝とベインキャピタルの株式を全て買収すれば、現状の膠着状態からは抜け出すことができると考えられます。
ただ、SK HynixやMicronがキオクシアを実質的に買収するのは、中国の独禁法審査を考えると困難でしょう。この選択は、米国が中国に行っている半導体装置等の輸出規制が何らかの形で緩和されないと厳しいです。
また、MicronやSK Hynixには第4の選択肢で紹介する、一度倒産したあとにスポンサーとして資金提供する選択肢も残っているので、やはり既存株主が他社に株式を市場外で売却する方法は難しいと考えられます。
Western DigitalのNAND部門と経営統合を模索
3つ目のパターンは、Western DigitalのNAND部門と経営統合を模索する場合です。
Western Digitalとキオクシアの経営統合は、一度は破談になったことが報じられています。この段階での経営統合は、HDD部門とNAND部門を両方持っているWestern Digitalとキオクシアが経営統合する観点での話でしょう。
Western Digitalの決算を見ていると、HDD部門は売り上げが減少しているものの、黒字をキープしていましたが、NAND部門は巨額の赤字を垂れ流している状況でした。そうすると、NAND部門を分離することで、HDD部門はHDD部門として、NAND部門はNAND部門として、自分たちが利益を出すことに集中しましょうよという方向性のようです。
これは、見方を変えるとHDD部門はNAND部門を切り捨てたようにも取れます。要は、NAND部門は、赤字なんだから自分たちで利益出せるように何とかしてねというメッセージなのではないかと思います。(実際のところ、当事者の本音がどこにあるのかはわかりませんが。)
Western DigitalのNAND部門は、キオクシアとほぼ同じビジネスモデルを取ることになります。NANDフラッシュメモリ一本足で、資金調達もNAND部門だけで行う必要があります。細かい資本関係は置いておいて、やっているビジネスとしてはキオクシアとほぼ同じわけで、2社に分かれている必要性がますます薄くなってきます。
キオクシアがWestern DigitalのNAND部門の会社と経営統合を含めた交渉を始める可能性は、まだ残っているように見えます。ただ、この前の経営統合は中国の独禁法審査までたどり着くこと無く破談になりましたが、このケースでも中国の独禁法審査のハードルは高いので、実現できるのかと言われるとかなり難しいのではないかと感じています。
一度倒産させてスポンサーを探すor国有化
4つ目のパターンは、一度倒産させてスポンサーを探すか、国有化される場合です。これは、キオクシアにとって最悪のケースではありますが、過去のエルピーダメモリが辿った道なので、考慮しておく必要はあるでしょう。
キオクシアに限らず、企業が倒産するのはどんな状態になった場合でしょうか。端的に言うと、資金ショートを起こした場合です。企業が倒産する理由は、赤字を出すことでも、巨額の負債を抱えていることでもありません。手元資金が尽きた時に、倒産します。
一時的に赤字を出しても、次の年に稼げれば資金ショートを起こす可能性は減りますし、巨額の負債を抱えていても、借金が返せていれば倒産することはありません。
つまり、手元現金が何らかの方法で確保できていれば倒産はしないわけです。赤字が続いていても、外部に資金の出し手がいれば会社経営を続けていくことはできます。しかし、自社に現金が無い状況で、資金の出し手がいなくなると、現金を調達できなくなり、資金ショートを起こし倒産してしまいます。
キオクシアが倒産した場合、一番不利益を被るのは出資した株主です。倒産した会社の株式は紙くずになるので、投資した資金を回収できなくなります。また、借金を貸していた債権者(銀行)も貸したお金が返ってこないので、損失になります。(株主も、債権者も全くお金が返ってこないわけではないでしょうが、当初出資したり融資した額が全額戻ってくることは無いです。)
倒産した場合に考えられるケースは、スポンサーを探して経営再建を行うことと、国有化されることです。(倒産した場合に、会社自体を無くしてしまう清算型の手続きをすることも考えられますが、キオクシア程度の規模がある会社の場合、会社自体が無くなると、市場への影響が大きいので清算される確率は低いと考えています。)
スポンサーを探して経営再建を行う場合には、既存株主の保有していた株式は紙くずになり、新たなスポンサーが出資することになるでしょう。新たなスポンサーになるうるのは、半導体メモリの同業者でしょうから、MicronかSK Hynixが候補でしょうか。(Western Digitalは、キオクシアが倒産した場合、JVの債務が降りかかってくるのでスポンサーとして出資するどころではないと考え、除外しています。)
この場合でも、中国の独禁法審査の問題は無くなりませんが、経営を続けていくにはお金が必要なので、当座はどこかのスポンサーのお金でやり過ごすことになるんだと思います。キオクシアが倒産した場合、ここで出資を取り付けられた会社がNANDフラッシュメモリのシェアを伸ばすことになります。
国有化される場合は、既存株主には退場してもらって、金融機関にも借金の棒引きを要請したうえで、株式を国が保有する形で、再出資する方向性が考えられます。(国が直接出資するのか、独法が保有する形にして、間接的に国が保有する形になるのかはわかりませんが。)
国有化された場合は、キオクシアの借金を減らしたうえで、上場を目指すことになります。これが出来れば、一番良いのではないかと個人的には考えています。(もちろん、既存株主と債権者に割を食わせる形にはなりますが。)
ただ、国有化できるかどうかは、その時の状況次第としか言えません。現在でも、半導体産業に多額の補助金を出している中、一企業であるキオクシアに巨額の税金を投入して国有化するだけの価値があるのかと問われた時に、有権者が反対すれば国有化することは難しくなります。
かといって、キオクシアが倒産した時に国有化しなければ、ほぼ100%外資が出資することになり、日本のNANDフラッシュメモリメーカーは事実上無くなってしまいます。
どちらの選択を選ぶかは、事が起きたときの状況で決まると言っても過言ではないでしょう。実際、10年近く前に日本で最後のDRAMメーカーだったエルピーダメモリは倒産して、Micronに吸収されています。仮にキオクシアが倒産した場合、エルピーダと同じようなことが起こっても不思議ではありません。
キオクシアが主導権を持っていない以上、風向きと誰の声が大きいかで未来は決まる
ここまで、キオクシアの利害関係者の立場について解説し、キオクシアが今後取りうる4つの選択肢について考えてきました。これだけ細かく書いている記事は、あまりないのではないかと思います。
私自身、利害関係者の立場を考えた時に、利害が一致する方向性は少ないと感じました。
結果的に、利害関係が複雑すぎて、キオクシアという会社が、自社の今後の方向性に対して主導権を持っていないことは明らかです。自社の今後の方向性を決めるにあたって、自社の経営陣が主導権を発揮できない会社は珍しく感じます。(何のために経営陣がいるんだ?と感じてしまいます。)
IPOを目指すにしても、一度倒産まで至るにしても、利害関係者を整理しないと意思決定が難しいです。
結果的に、今後どういう方向性を取るとしても、キオクシアが主導権を持っていない以上、風向きと利害関係者の中で誰の声が一番大きいのかで、未来は決まるんだと私は考えています。「企業の意思決定としてこれでいいのか?」と感じますが、複雑な資本関係が生み出した産物だと思うしかないんでしょう。一言で言うと、キオクシアの未来は風向き次第です。
まとめ
この記事では、、Western Digitalとの経営統合が破談になったキオクシアが、今後取れる選択肢について、現状の情報をもとにして考えてきました。
ここまで考えて、キオクシアの未来は風向きで決まるという、なんともいえない結論に落ち着くわけですが、このこと自体がキオクシアが現状置かれている状況を象徴していると思います。
記事に関して、誤記などがあればコメントいただけると嬉しいです。
このブログでは、半導体に関する記事を他にも書いています。半導体メモリ業界が中心ですが、興味がある記事があれば読んでみてください。



この記事はここまでです。最後まで読んでくださってありがとうございました。
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