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檸檬を読み直して思うこと

2022年7月3日

みなさんこんにちは。このブログを書いている東急三崎口です。

普段はカラオケと半導体のことを中心に記事を書いていますが、今回は雑記です。

梶井基次郎さんの檸檬という小説は、過去の名作ってことで高校生の時の国語の授業で出てきました。そこで出てきたのが、京都の丸善なんですね。京都の丸善は良く考えてみれば行ったことがなかったので、近いし行ってみようと思ったのが今回の記事を書くきっかけです。それでは、興味のある方は読んでください。

梶井基次郎の檸檬

梶井基次郎さんが書いた檸檬は、短編小説に分類されるのかわかりませんが、結構短い小説です。著者の死後50年以上経過しているので著作権も切れていて、ネット上に全文が掲載されています。もし読んだことのない方がいらしたら読んでみてください。(リンク先はこちらです。) 「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧おさえつけていた。」から始まる、言いようによっては最初から何を書いているのかよくわからない小説でもあります。そもそも、「不吉な塊」ってなんだよ?って思いませんか。私も、高校生の頃に初めてこの小説を読んだときは、冒頭からよくわからない小説だなという印象を持った記憶があります。本編の舞台は、京都の四条河原町の近辺です。これも、作中で「京都の~」と書いてある部分があるので、舞台が京都であることは読めばわかるようになっているんですが、高校生の時には京都にはほとんど行ったことがなかったので京都の街の雰囲気がうまくつかめていなかったように思います。その中で、京都の「丸善」が最後の方で出てくるわけです。丸善は、ご存じの方も多いと思いますが大きめの本屋さんです。京都の丸善って、当時どこにあったのかはわかりませんが、今は四条河原町の近くにあるので行ってみようと思い立ったわけです。

京都の丸善を初めて訪れる

思い立ったときに行ってみようと思い、京都の丸善を目指します。四条河原町近辺は何度も行ったことがあったので、それほど迷いませんでしたが、いつ行っても京都の街は独特に感じてしまします。やっぱり、縦横に道がきっちり切ってあるのは他の都市には無い大きな特徴だと思います。ご存じの方も多いと思いますが、四条河原町周辺は、京都の中で一番の繁華街になっています。行ったことが無い方や田舎に住んでいると、「京都駅前」が一番の繁華街じゃないのか?と思ってしまいますよね。大阪だったら、大阪駅周辺の梅田や少し南の難波が繁華街になっていますが、京都は京都駅前から少し離れた四条河原町が一番の繁華街です。(一応京都駅前にも、飲み屋さんやカラオケなどがたくさんありますよ。)

檸檬の上にレモンが置いてある

というわけで、何とか京都の丸善に到着しぶらぶら本屋をさまよっていました。当時(檸檬は1925年に発表されているので、大正14年です。)の京都がどうだったか想像するのは難しいです。そんなことを考えながら、本屋さんの中を歩いていると、レジ近くの台の上に檸檬の文庫本が平積みで置いてありました。しかも、夏限定のカバーで真っ黄色のカバーがついているんですね。しかも、檸檬の文庫本の上にレモンが置いてあるんですよ。(多分、置いてあったレモンは本物ではなかったと思います。)これを見て面白いなと思ったことがあります。檸檬の本編を読んだことがある人とない人では同じ景色を見ているのに感じることが大きく変わるということです。檸檬の本編を読んだことが無い人は、檸檬という小説の上にレモンが置いてあって、ふざけているのかなと思うかもしれません。そもそも、檸檬の上にレモンが置いてあることを特段面白いとも思わないかもしれませんね。一方、檸檬を読んだことがある方は、「京都の丸善」で檸檬の本の上に「レモン」が置いてあるということに一種の面白さを感じさせられるかもしれません。実際の本編では、画本の棚の前でごそごそ本を取り出して積み重ねた「城」の上になぜかその時持っていた果物の「レモン」を置くという表現になっているので、檸檬の本の上にレモンが置いてあるわけではないです。しかし、京都の丸善で檸檬の上にレモンが置いてあれば、十分なのではないでしょうか。

高校で名作として出てくる檸檬だが

ここまでは、京都の丸善で檸檬の上にレモンが置いてあって、京都の丸善には遊び心のある書店員さんがいるんだなぁという話です。本屋さんの中だったので、ためらってしまいましたが写真を撮っておけばよかったですね。もし京都に住んでいる方がいれば見にいってみてください。檸檬の上にレモンが置いてあるということをきっかけに、檸檬を書いた作者はいったいどんな人物だったのだろうと興味を持ち、梶井基次郎について調べてみると想像とは全く違うすごい生き方をしている人であることにいきついてしまったわけです。梶井基次郎について書かれたwikipediaのページのリンクがこちらです。大正時代を生きていた人物なのに、よくもこれほどwikipediaの中身が充実しているなと思わされるほど記述が長いです。もう、令和の時代ですが昭和の時代の方よりも充実しているんではないかと思うくらいでした。檸檬を書かれていた作者の生き方を現代風に端的に言うと、「理系で京大に進んだが、自分に理系の才能が無いことを知って文学に傾倒し、留年もしながら文学にさらに傾倒していき、京大をなんとか卒業したが、東大に再入学する。特段仕事をするわけでもなく、文学に傾倒して東大をも中退し小説家を目指していたところ、持病が悪化し亡くなった。」といったところでしょうか。専門家ではないので、間違っている部分があればコメントいただけると助かりますが、ざっくりいうとこんな形になると思います。これって、作品自体は名作だと私も思いますが、こんな生き方をしている作者の感性をそうそう簡単に理解することはできないと思ってしまいます。

なぜ安易に名作として説明してしまうのか

今でこそ、自分自身も大学を卒業し、理系として才能がないと自分自身で感じながら大学で専門分野を学ぶことが、いかに苦しいかは理解できます。また、留年するとどんなことになるか、どうしていたら留年するのかということもだいたい想像できます。冒頭で、「酒を飲んだあとの宿日酔いがあるように」と書いてありますが、二日酔いになるほど飲んでいるとつらいことは本当によくわかります。ただ、名作として教科書に掲載されているので、作者のこのような生き方がちゃんと説明されることは稀です。今考えると、作者の生き方をちゃんと自分で調べていればもう少しこの作品に対する理解は深まったのではないかと思うこともあります。ただ、本文に明記されているからなのかわかりませんが、表向きに触れられるのは肺尖カタルが結核によって引き起こされる病気であることと、京都を舞台に作品が作られていること、そして31歳と若くして亡くなってしまうことくらいです。もし、教科書に載せてこの文章を取り上げるとすれば、そのあたりももう少ししっかり載せるべきなのではないかと思ってしまいます。

高校生が理解するのは困難

作者の生き方から考えても、作者の置かれた状況が特殊であり、そんな条件下で書かれた文章を高校の教科書に載せて、高校生が理解することは基本的に困難だと思っています。今考えてもその考えは変わりません。名作を鑑賞するような授業として取り上げられていたとしたら、字面を追って内容を理解することは、半分もできないのではないかと思います。京都の街を実際に訪れても、大学を実際に卒業しても、酒を飲んで二日酔いを経験しても、それでもなお作者の置かれた環境を完全に理解することは困難でしょう。しかも、高校生でこの作品を扱われたときに、作者の生き方なんて全く説明された記憶が無いんですよね。高校生で大正時代の小説を読もうと思う人は、ほとんどいないでしょうし、大正時代を舞台に書かれた小説であれば、当時の時代背景を想像すること自体、高校生には難しいはずです。

もし理解してもらおうとするのであれば

檸檬に関して、作品自体が名作なことは、疑いようのないことですし、作品を高校生の時に取り上げること自体が悪いことだとは思いません。しかし、京都の市内に住んでいる人がこれを読むなら話は別かもしれませんが、津々浦々の高校生が読むと仮定するのであれば、もう少し京都という町の説明や、作者の生き方を取り上げなければならないのではないかと思います。京都の丸善がどんなところにあって、(地方都市だと、繁華街自体がほとんど存在しないことだってあり得るわけです。)作者はどんな生き方をしていたのか(現代風に言うと、大学を留年して文学に傾倒して、卒業したものの定職に就かず小説家を目指して生きていたことくらいは説明する必要があるのではないかと思っています。)をちゃんと説明しないといけないんじゃないかなぁと私は強く思います。そんな生き方を高校生に説明して、肯定的に説明するのか、否定的に説明するのかは説明する人の感覚次第ですが、肯定的と考えるか否定的と考えるかは、説明を受けた高校生自身が考えればいいわけで、とにかくそこをちゃんと説明しておくことが大事だと思います。

まとめ

今回は、思いつきで檸檬を読み直して思うことについて書きました。感想等があれば、コメントに書いていただけると私が喜びます。雑記で次回どんな記事を書くかは未定です。面白いと思ったことや、非日常なことが起こったら随時更新していきます。長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。今回の記事はここまでです。次回の記事でお会いしましょう。

雑記

Posted by tokyu351