キオクシアに対する経産省の補助金は手放しでは喜べない~投資額・補助額・国の支援にフォーカスするのがミスリードな理由を解説~

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みなさんこんにちは、このブログを書いている東急三崎口です。

この記事では、キオクシアに対して経産省が最大約2400億円の補助金を出すことを決めた報道について解説します。

おおまかな流れとしては、各メディアの報道の目のつけどころを見てから、キオクシアに対して決まった補助金の位置づけを説明し、補助金を手放しで喜べない理由を解説します。

最後に、詳しい方向けの内容として、キオクシアの補助金についての経産省の公表内容から予測できることを書いていきます。

目次

各メディアの報道内容

まずは、経産省がキオクシアへの補助金の交付を決めたことに対する、各メディアの報道を並べてみます。

共同通信:「先端半導体に4500億円投資 岩手、三重でキオクシア
朝日新聞:「キオクシア・WD次世代半導体に1500億円助成 三重と岩手の工場
読売新聞:「キオクシア、最先端メモリー量産へ…来年秋にも 7000億円を投資
産経新聞:「キオクシアとWDの半導体に2430億円支援 政府、経済安保の重要製品
日経新聞:「キオクシアが最先端半導体に7200億円投資 経産省も補助
REUTERS:「経産省、キオクシアとWDのメモリー半導体生産に2429億円支援
Bloomberg:「政府、キオクシアとWD合弁会社への追加支援を決定-1500億円

日本・海外含め、報道のタイトルだけ見ると色々な数字が出ています。

同じ事実を報じているはずなのに、なぜこれほど見出しが変わるのでしょうか。

報道内容のもとは、経産省の発表です。

2022半経第002号-2「変更後の認定特定半導体生産施設整備等計画の概要
2023半経第002号-1「認定特定半導体生産施設整備等計画の概要

2022半経第002号-2は、もともとキオクシアが申請していた補助金の内容を修正して認定されたので、最後の数字が2になっています。

それぞれの内容を、簡単に見ていきます。

2022半経第002号-2

こちらのポイントは、この3つです。

・キオクシア四日市工場での、BiCS6とBiCS8に対する投資の補助金
・期間は2022/6~2026/4
・積層数162層以上のフラッシュメモリの製造を行う

この補助金は、四日市工場限定なんです。かつ、投資総額2788億円で、最大助成額は929.3億円です。

2023半経第002号-1

こちらのポイントはこの3つです。

・キオクシア四日市工場と、キオクシア岩手北上工場でのBiCS8およびBiCS9への投資に対する補助金
・期間 四日市工場:2024/4~2029/4
    北上工場 :2023/1~2027/4
・積層数218層以上のフラッシュメモリの製造を行う

こちらの補助金は、四日市工場と北上工場の両方に投資に対して適用されます。投資総額は4500億円で、最大助成額は1500億円です。

細かいことはあとから見ていくとして、報道各社のタイトルが大きく違う理由は、投資総額と最大助成額を2つの補助金に対してどう見るかが変わっているからです。

例えば、投資総額は最大値を取ると約7200億円になりますし、最大助成額は2つの補助金を足すと2200億円になります。

2022半経第002号-2の方は、過去に採択されたものの変更なので、2つの補助金を合わせて表現しても嘘ではないですが、2023半経第002号-1単独の投資額と補助金額を報じるのが素直な書き方だと思います。

「キオクシア 投資総額 7200億円」と書くと、あたかも今から7200億円の投資を始めるように見えますが、「2022半経第002号-2」に関しては1年半くらい前からスタートしているので、ちょっとずれているように感じます。

補助金の最大額も、2200億円と書いても嘘ではないですが、今回新しく採択されたのは1500億円分なので、1500億円助成と書く方が自然に感じます。

経産省の補助金の位置づけ

メディアでの報道のされ方を見ていると、補助金の額とか、総投資額とか、経産省がキオクシアを支援することにフォーカスが置かれているように感じました。

そもそも経産省がキオクシアに出すことを決定した、補助金に仕組みを紹介します。

ご存じの方が多いかもしれませんが、補助金と言っても最大助成額の1500億円(2つの補助金を足すと2200億円)が、自由なお金としてキオクシアに渡るわけではありません。

今回の補助金は厳密に言うと、経産省がNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)に特定半導体基金を作ることで、NEDOからの補助金と言う形で補助金に応募する会社を募集したうえで、審査に通った会社が認められているものです。

キオクシア以外でも、JASMやMicronも交付を受けています。

そもそも、この補助金は特定半導体生産施設整備等計画に合致する会社が応募できるものです。その内容は結構ハードルが高いです。(というか、ほぼ名指しの近い感はあります。)
ロジックとメモリに分かれていて、それぞれの条件はこのようになっています。

【ロジック】
・メタルピッチが100nm以下
・ゲート絶縁膜に比誘電率が7を超える材料を用いて生産すること
・申請する事業者がFinFETを生産する技術水準にあること

【メモリ】
・メモリセルの面積が1370mm2以下のものの生産施設の整備および生産
 申請する事業者がEUV露光の技術水準を有すること
・メモリセルの積層数が160以上のものの生産施設の整備および生産

厳密に書きましたが、要はロジックであればHigh-K/Metal GatかつFinFETの構造を作れる会社が対象です。

メモリであれば、前者はDRAMのEUVが必要な先端工程、後者は160層以上の積層数を持つNANDフラッシュメモリが想定されていると考えられます。

つまり、JASM・Micron・キオクシアが特定半導体基金の補助金に認定されているのは、要件を見れば当然と言えば当然です。(もちろん、応募するという前提はありますが。)

要は、経産省は日本国内に立地する先端半導体への設備投資に対して補助をしたかった(というか、補助を出して半導体工場を国内に立地してもらわないと、半導体が調達できなくなるリスクがある)わけですから、当初の目的は果たされていると言って良いでしょう。

補助金を手放しで喜べない理由

経産省の補助金の位置づけを解説しましたが、ここからはキオクシアへ補助金が出たことに対して、手放しで喜べない理由を解説します。

端的に書くと、新しく補助金の交付が決まった投資額4500億円から補助金1500億円を差し引いた3000億円をねん出できるのかが疑問だからです。

NEDOの補助金の性質からして、本来的には助成金の交付に対する投資額が確定後に、補助金が交付されます。(一応、概算払い(四半期に一回振り込まれるような形)も仕組み的にはできるようですが、額が大きいので実際上の運用がどうなるかはわかりません。)

手元キャッシュを持っている会社であれば、自社の資金で設備投資の資金を払ったあとに補助金をもらえる形で良いんですが、手元キャッシュが枯渇している場合、補助金を前払いで支給してもらわないと現金の確保が大変です。

また、補助金として1500億円が出たとしても、3000億円は自社で負担しなければなりません。現金として3000億円を持っていなかったとしても、借金するか設備投資の支払いを伸ばしてもらうかすれば当面凌ぐことはできます。

とはいえ、借金するにせよ、支払いを伸ばしてもらうにしても、支払う義務が生じるのは変わりません。

結局、設備投資をしたことで将来得られるであろう利益をあてにして、投資を行うわけです。

メモリ市況は、最悪の状況から上向いてはいますが、キオクシアは2023年度の上半期だけでも2000億円近い赤字を計上しています。

巨額赤字になるとすぐに経営が傾くわけではありませんが、会社から現金が流出しているのは確かです。その状況で、NANDフラッシュメモリの市況回復が明確には見えない中、自社負担額だけでも3000億円の投資を行うのは、かなりのリスクをはらんでいると考えられます。

もちろん、半導体メモリ業界は研究開発と設備投資が先行するので、技術開発から脱落してしまうと、市場から退場せざるを得なくなる世界です。(エルピーダやキマンダが過去の例です。)

半導体メモリメーカーの財務を見ると、他社と比べてキオクシアは財務の弱さが目立ちます。圧倒的に借金が多いですし、固定資産の比率が高いので現金化できる資産は少ないのが現状です。

仮にもう少し赤字が続いても、銀行が借金を続けさせてくれるのであれば、手元キャッシュを確保できるので経営を続けることはできます。しかし、何らかの打撃(例えば、停電や災害)を受けるとかなり厳しいところに追い込まれるリスクがあると考えられます。

補助金を申請するタイミングの問題もあると思いますが、結構リスクを取っているように私は感じました。
この辺の内容を、メディアは特に報じていないので、補助金の額や投資総額だけにフォーカスするのは少し違うのではないかと感じたわけです。

【詳しい方向け】公表内容から予測できること

最後に、経産省が公表したキオクシアへの補助金について、詳しい方向けに内容から予測できることを書いています。

半導体に詳しくない方や、もう十分ですという方はこの章は読み飛ばしてください。

まずは、今回内容が更新された2022半経第002号-2の方です。

最初の計画と比べて大きく変わっているのが、四日市工場で働く人の数です。当初は8300人だったのに、今回は7300人になっています。四日市工場だけの人数なので比較できる数字だと思うんですが、1000人も減ってて驚きました。

そして、最初の計画では第六世代(BiCS6)の生産しか明記されていなかった内容が、今回は第六世代(BiCS6)と第八世代(BiCS8)に拡張されています。

また、期間も最初の計画では2022/6~2024/3だったのが、2022/6~2026/4に延びています。

この事実だけ見て推定できることとしては、3つが挙げられます。

・メモリ不況の影響を受けて設備投資および量産立ち上げが遅延して、BiCS6の立ち上げが遅れた
・BiCS6への設備投資が遅れた影響で、BiCS8向けの設備投資を含めないと投資計画の帳尻が合わなくなった
・四日市工場の従業員数は確実に減っている

生産能力としては、月産10万枚程度から変わっていないので、トータルの投資規模は変わっていないようですが、後ろに延びていることで、諸々変更点が出てしまったのだと考えられます。

次に、今回新たに発表になった2023半経第002号-1を見てみます。ポイントは、3つあります。

・北上工場はBiCS8の投資のみしか含まれていない
・BiCS9は四日市工場で設備投資を行う
・2023半経第002号-1の設備投資枠による、四日市工場の生産キャパは月産6万枚(300mm換算)

ちょっと驚きました。というのは、四日市工場はY3,Y4,Y5,New Y2,Y6,Y7と6棟建っていますが、New Y2より前の建屋は10年以上稼働しています。Y6も2017年から稼働で、一番新しい建屋がY7で2022年に竣工しています。

一方、北上工場はK1が2019年竣工です。(K2まだ建設が終わっていないと記憶しています。)

地図で見ても明らかなように、キオクシアの四日市工場は増設余地は残っていないように見えます。(近くの森を切り開いたり、駐車場を潰すのであれば話は別かもしれませんが。)

北上工場は、工場の建設余地も四日市に比べればあるはずです。また、建屋が新しいということは導入されている装置群も新しいと考えらえるので、てっきりBiCS9は北上工場で量産されるのかと思っていました。(大きな勘違いでしたね。)

あとは、BiCS8とBiCS9の量産向けの設備投資なのに、四日市工場での生産キャパが月産6万枚と控えめになっているのが気になります。その理由は経産省の発表内容からは掴み切れませんが、不思議です。

ここからは筆者のただの憶測ですが、北上工場でBiCS9向けの投資が行われないということは、北上でのNANDフラッシュの先端品に対する投資はストップになったのではないかと予想しています。

NANDの先端品を作らないということは、キオクシアが別の製品を作るために転用するかもしれませんし、他社への売却等も視野に入れた動きがあるのかもしれないです。

もう一つ可能性があるとすれば、BiCS9がBiCS7のように幻の世代になることです。奇数世代をスキップした過去を見ると(キオクシア/WDはBiCS6の次に出たのがBiCS8なので間のBiCS7がスキップされています。福田昭さんの記事でも指摘されていました。)、普通に開発競争をしていても他社に追いつけないのでBiCS9をスキップしてBiCS10が出ることも無くはないかもしれないですね。

結局何が正しいかは、時間が経過してみないとわかりません。

とはいえ、キオクシア四日市工場の中で初期に稼働し始めたY3,Y4,Y5は竣工してから15年近く経っているので、遅かれ早かれ設備のリプレイスが必要になってくるのはないかと思われます。(15年前は、まだ2D NANDの微細化が行われていた頃ですから。)

他社であれば新しく工場を建設するんでしょうが、キオクシアの懐事情的に簡単に工場の増設はできないでしょう。(北上工場もK2は止まっているでしょうし、北上以外に工場を建てるという話も聞きません。)

そんな状況の中、北上ではなく四日市でBiCS9を作るのは驚くばかりなんですが、経産省の発表に嘘はないでしょうから、それが真実なんだと思います。

この辺の事情に関しては、私より詳しい方はたくさんいらっしゃると思うので、もしご存じのことがあればこっそり連絡していただけると嬉しいです。

まとめ

この記事では、キオクシアに対して経産省が最大約2400億円の補助金を出すことを決めた報道について解説しました。

当初は、がっちり記事を書こうと思っていたわけではないんですが、あまりにもメディアの報道が補助金と投資総額にフォーカスされていたので、本当に大事なところはそこじゃないんじゃなかろうかという気持ちが強く、改めて記事を書いた所存です。

記事の内容に明らかな間違いや、誤植、誤解を招く表現等がありましたら、コメントかお問い合わせフォームでご連絡いただけるとありがたいです。(基本的に、頂いたコメント等には全てお返事しております。)

このブログでは、半導体に関する記事を他にも書いています。半導体メモリ業界が中心ですが、興味がある記事があれば読んでみてください。

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この記事はここまでです。最後まで読んでくださってありがとうございました。

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コメント

コメント一覧 (4件)

  • なかなか良い考察をしていますね
    補助金を貰っても残りのお金を全て借金で賄うのかは分かりませんが、かなり厳しいですよ。
    今後もY7、K2、大船の新棟、新子安などとんでもなく金がかかりますから
    国からお金を出してもらうから大丈夫だとはならないと思いますよ
    普通に考えたら分かることだと思うのですが、危機感はないのでしょうかね

    • たまごさん。
      コメントありがとうございます。東急三崎口です。
      私キオクシアの中にいるわけではないので外からの見方になってます。
      そのうえで、そうは言っても新規で設備投資を行う(BiCS6,8,9だけで)のはかなりの負担になるのではないかと感じています。
      公表されているBSや決算等も見てはいますが、かなり厳しい状況にあるのは間違いないと思います。
      個人的には、NANDフラッシュの先端品を作れる会社は、日本の半導体業界を考えると、必要ではないかと考えています。
      一方で、国がなんとかしてくれるという考え方では、競合他社との競争に生き残っていくのは難しいと思っています。
      中の人の危機感という観点では、どうなのかわかりませんが、正念場にあることは間違いないと思います。
      キオクシアをはじめとした、半導体メモリに関しては今後も記事を書いていくと思うので、今後ともよろしくお願いいたします。

  • いつもありがとうございます
    いろいろな数字が出てたので解説いただいてわかりやすかったです
    7200、貸替えの正当化、メガバンクの意図があるのかな?騙される人はいないか
    3000の捻出、折半なら1500…きつそうですね
    噂では、装置搬出が進んでいて熊本ナンバーに積まれているとかいないとか
    固定資産減るのでは
    いろいろ勘繰ってしまいますね

    脈略のない文章すいません
    解説のお礼まで

    • れがし〜ぷろぐらまさん
      コメントありがとうございます。東急三崎口です。
      報道では色々な数字が出てくるので、実際のところどうなのかがわかりにくいように感じたので記事にしました。
      ご指摘のとおり補助金が出るにしても、メモリ不況で業績が回復していない中3000億円をねん出するのは苦しいように思います。
      キオクシアの工場に、熊本ナンバーのトラックがたくさん出入りしていたら、勘ぐってしまいます。
      (現場を見たわけでもないので、あくまでも想像の話ですが。)
      2023年度末のBSがどうなっているのかは、注目だと思っています。
      今後ともよろしくお願いいたします。

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