みなさんこんにちは、このブログを書いている東急三崎口です。
この記事では、もともと東芝の半導体メモリ部門だったキオクシアが東芝から売却されたとき流れを解説していきます。
キオクシアはもともと東芝の半導体メモリ部門でしたが、東芝の不正会計事件が起こった時に、東芝が最終的に債務超過を解消する方法として、メモリ事業くらいしか売れる事業が残っておらず、売却された経緯があります。
最近、ウエスタンデジタルとキオクシアが経営統合を検討しているという報道がBloombergから出ています。
このブログでは、現在のキオクシアの財務状況や株主構成を解説した記事を書いていました。しかし、そもそもキオクシアはどんなスキームで東芝から売却されたのかをきっちり書いている記事は検索してもなかなか出てこないので、今回解説していきます。
本論を始める前に書いておきますが、東芝からキオクシアが売却されたスキームはかなり複雑です。できるだけわかりやすく書くようにしますが、詳細を確認したい方はキオクシアがIPOしようとした時に出した、IPO目論見書を読んでください。(422ページありますし、内容が非常に込み入っているので会計や企業買収の知識がある人が読めるくらいだと思います。)
キオクシアが東芝から売却されたときの大まかな流れ
まずは、キオクシアが東芝から売却されたときの大まかな流れを解説します。
図にするとこのような感じになっています。
ポイントは4つあります。
【キオクシアが東芝から売却されたときのポイント】
・東芝から半導体メモリ部門が(旧)東芝メモリとして分社化
・(旧)東芝メモリをPangeaが買収
・(旧)東芝メモリとPangeaが合併
・Pangeaが東芝メモリと社名を変更
ここで「(旧)東芝メモリ」と「東芝メモリ」と2つの表現が出てきています。
(旧)東芝メモリは、東芝から半導体メモリ部門が分社化されてから、Pangeaと合併するまでに存在した「東芝メモリ」という名前の会社を表しています。
東芝メモリは、(旧)東芝メモリがPangeaと合併して、Pangeaが名前を変えて東芝メモリという社名になったあとの東芝メモリを示しています。東芝メモリは、その後社名が変わってキオクシアになっています。
最初からわかりにくいんですが、東芝から売却されるときの流れが複雑で、会社の合併と社名変更が絡んでいるので、こうなってしまっています。図でイメージしていただけるとありがたいです。
ここから、4つあげたポイントを1つずつ解説していきます。
東芝から半導体メモリ部門が(旧)東芝メモリとして分社化
最初は、東芝が半導体メモリ部門を売却するにあたって、半導体メモリ部門を(旧)東芝メモリとして分社化することから始まります。もともと、半導体メモリ部門は東芝の半導体やストレージの部門に紐づいていたので、半導体メモリ部門として分社化されています。
東芝の半導体部門は、現在でもパワー半導体などを作っています。ただ、半導体メモリ部門を分社化した際に、半導体メモリは切り離されています。
分社化というと、大企業が事業部門ごとに社内カンパニー制を取るようなイメージです。今回の(旧)東芝メモリは純粋に売却のために分社化されています。
(旧)東芝メモリをPangeaが買収
(旧)東芝メモリは、東芝の半導体メモリ部門が分社化されてできたものでした。ここで、Pangea(パンゲア)という会社が突然登場します。Pangeaと言われると、かつて地球上にあった超大陸を思い出しますが、今回出てくるPangeaは東芝から分離された半導体メモリ部門を買収するために作られた会社です。
そもそも、東芝が半導体メモリ部門を売却する相手としては、現在キオクシアとの経営統合を検討していると報道されているウエスタンデジタルを主としたグループと、ベインキャピタルというファンドを主としたグループの2つがありました。
結果的に、ベインキャピタルを主としたファンドが日米韓連合で組んでいたこともあってか、(旧)東芝メモリの買収先となりました。
(旧)東芝メモリの買収のためにファンドが出資して作ったPangeaという会社が、東芝から(旧)東芝メモリの株式を買い取り、東芝に約2兆円を支払っています。
詳しいことはあとから出てきますが、Pangeaが(旧)東芝メモリの株式を買い取った日と同日に、他の出資者からの出資を受ける形になっています。
この時、一時的にですが(旧)東芝メモリはPangeaの100%子会社(つまり完全子会社です)の形になっています。
(旧)東芝メモリとPangeaが合併
次に、(旧)東芝メモリの株式を100%取得したPangeaと(旧)東芝メモリが合併します。
私は、会社の吸収・合併を直に体験したことはありませんが、Pangeaと(旧)東芝メモリが合併した時には、Pangeaが存続会社で、(旧)東芝メモリが吸収合併される形になっています。(ここが、話をややこしくしているところなんです。)
ただ単に、(旧)東芝メモリを買収するだけであれば、こんな面倒なことはしないはずなんですが、買収した会社の株式に対して再度出資を募るようなスキームになっていたので、少し不思議な流れを踏んでいるんだと考えられます。
Pangeaが東芝メモリと名前を変更
(旧)東芝メモリとPangeaが合併したあと、Pangeaが存続会社になったので会社の名前がPangeaとなっています。そこで、存続会社であるPangeaの社名を、東芝メモリに変えています。
詳しい事情を知らない方は、東芝から売られた東芝メモリという会社がそのまま残っているように思ってしまいがちですが、複雑ないきさつを経ています。
とはいえ、この4つが東芝から半導体メモリ部門が売却されたときの大まかな流れです。
最終的に、東芝メモリは持ち株会社制を取るために、東芝メモリホールディングスという持ち株会社を設立しています。(東芝からの売却の流れには直接関係しないので省いています。)
東芝メモリは、持ち株会社である東芝メモリホールディングスの子会社という立ち位置になっています。
そして、東芝メモリという名前がキオクシアに変わって、東芝メモリホールディングスはキオクシアホールディングスへ、東芝メモリはキオクシアへ社名が変わって現在(執筆日は2023/9/26です)に至っています。
キオクシアが東芝から売られたときのお金の流れ
大まかに、東芝の半導体メモリ部門が東芝から売却されたときの流れがわかったところで、お金の流れを考えていきます。
お金の流れに関しては、先ほどの図で言うと、(旧)東芝メモリがPangeaに売却されたタイミング(Phase1)と優先株を償還したタイミング(Phase2)があります。
それぞれどういう流れになっているのか説明していきます。
Phase1
Phase1は、(旧)東芝メモリがPangeaに売却されたときのお金の流れです。
この時に出てくるのは、Pangeaと東芝と売却後の会社に出資する投資家(ほとんどが会社ですが)です。
売却時の流れを表した図の中で、赤く囲んだ部分がPhase1の話です。
Pangeaから東芝へ約2兆円
まずは、東芝がPangeaに2兆円で(旧)東芝メモリの株式を100%売却するところから始まります。
会社の売買が行われる時に、会社を買う値段を決めるのは簡単ではありません。上場企業であれば、株価に発行済み株式数を掛けて時価総額を出すことができますが、非上場の会社だと上場会社のような時価総額(つまり、会社の理論上の時価)は存在しません。
東芝が半導体メモリ部門の価値をどの程度だと考えていたのかをはっきり知ることはできませんが、当時の報道だと2兆円程度で売却すると言われていた記憶があります。
この「2兆円」という数字が何を根拠に出されたのかはわかりませんが、東芝は当時不正会計事件で債務超過に陥っていて、債務超過を解消するためには半導体メモリ部門を売るしかないと言われていた時期でした。
はっきりはわかりませんが、東芝の債務超過を解消するためには、2兆円程度の現金が必要だったのではないかと考えています。結果的に、Pangeaから東芝へ約2兆円で半導体メモリ部門が売却されたことは、キオクシアのIPO目論見書にはっきりと書かれています。(正確には2兆50億円です。)
東芝・HOYA・ベインキャピタルから8622億円の出資
そして、Pangeaが(旧)東芝メモリを買収した日と同日に、(旧)東芝メモリに対して出資が行われています。
出資形態が、「普通株式・転換型株式」と「優先株」に分かれています。最初に触れる東芝・HOYA・ベインキャピタルは普通株式と転換型株式の形で出資しているので、まずこちらについて解説します。
普通株式は、一般的な株式で特に制限はついていません。保有している株式比率によって、株主総会での議決権が与えられます。
転換型株式は、出資をした時点では株式ではないものの、ある条件を満たすと株式に変えられるものです。結果的に、IPO前には転換型株式は普通株式へ転換されているので、普通株式へ転換することありきで出資されていると考えられます。
転換型株式を使った理由としては、(旧)東芝メモリの株式の保有比率を日本側で50.1%を確保しようとしたことが考えられます。普通株式の形で最初から出資してしまうと、資金を出した比率がそのまま議決権比率になります。
しかし、出資した時点では議決権が生じない転換型株式を使うことで、出資している割合と議決権の比率を変えることができます。(旧)東芝メモリの買収時に、細かい内容は報道されていませんでしたが、日本勢が議決権ベースで50.1%株を保有しているという報道がなされていた記憶があります。
通常は、株式の保有比率がそのまま議決権の比率になるので、あえて議決権ベースという書き方をしていたことに個人的には合点がいきました。
普通株式の形で出資したのは、東芝・HOYA・BCPE Pangea Cayman LPの3つがあります。東芝とHOYAは日本の会社です。BCPE Pangea Cayman LPは、ベインキャピタルが作った投資用の会社です。(LPはLimited Partnershipの略です。)
転換型株式の形で出資したのは、BCPE Pangea Cayman LP・BCPE Pangea Cayman2 LP・東芝の3社です。
普通株式と転換型株式の合計で、8622億円の出資を受けています。(これが行われたのは2018/6/1付です。)
普通株式と転換型株式だけでもかなりの額ですが、もう一つ優先株でも出資を受けています。
投資家から6840億円の出資(優先株)
普通株式と違って、優先株は何かしらの制限が課されています。
この場合の優先株の規定は、非常に細かい内容が書かれているので全てを書くことができませんが、ざっくりしたポイントは3つです。
・優先株の配当利率は年率数%
・会社が解散するときは、普通株式より優先して残余財産の分配が行われる
・議決権は無し
つまり、普通株式と違って議決権はないけれど、配当や会社が解散した時の残余財産の分配は優先的に扱いますという株式になっています。
優先株に関しては、出資した会社によってA種からG種の7つ設定されていて、詳細な条件は少しずつ違いますが、議決権が無いことと、残余財産の分配が普通株式より優先されるところは同じです。
優先株の形でトータル6840億円の出資を受けています。(2018/6/1付)
Phase2
Phase1は(旧)東芝メモリをPangeaが買収した時のことでしたが、実はPhase2があります。
Phase2は、Pangeaが東芝メモリに名前を変えたあとの2019/6/17に行われています。
この時、Phase1で優先株として出資してもらった資金を、利率込みで東芝メモリが出資者から買い取っています。
そして、新しく日本政策投資銀行から優先株で3000億円出資を受けています。
優先株を償還
Phase1でわざわざ出資してもらった優先株を1年で出資者から買い取ることになった理由として考えらえるのは、利率の高さです。(優先株を買い取ったことを償還と書いています。)
私たちが銀行預金として銀行に現金を預けた時についてくる利息を考えて見ると、0.01%程度が相場ではないでしょうか。
優先株として出資するので、資金を動かすことはできなくなりますが、年間数%の利子が付けば非常に高く感じます。(日本の感覚だからかもしれませんが。)しかも、1000億円に対して1%の利率だと、利息だけ考えても年間10億円の負担ですから、非常に負担は大きかったんだと考えられます。
とはいえ、優先株として出資してもらっている分を全額現金で償還すると、6000億円以上を現金で払わなければなりません。多額の手元現金を作るのは困難だったことから、日本政策投資銀行から優先株として3000億円の出資を受けたんだと考えられます。
優先株の償還と同時に日本政策投資銀行から3000億円の出資(優先株)
先ほども書いたとおり、Phase1で出資された優先株を償還した代わりに、同日に日本政策投資銀行から3000億円の優先株の出資を受けています。
日本政策投資銀行が出資した優先株には、甲種と乙種とありますが、どちらもほぼ同じような条件となっています。法律の専門家ではないので、厳密なところはわかりませんが、Phase1で出資を受けた優先株と比べると配当の条件などが緩くなっているように感じました。
日本政策投資銀行は、政府系の金融機関なので民間企業が出資したPhase1の場合よりは、利率が低くてもいいのかもしれません。
長くなりましたが、東芝から(旧)東芝メモリが売却されたときの、お金の流れに関しては以上です。
複雑なのでわかりにくいかもしれませんが、複雑なスキームを経て資金調達がなされていることはおわかりいただけたかと思います。
詳細について知りたい方は、キオクシアのIPO目論見書を読んでください。
一連の流れでキオクシアのBSはどうなったのか
東芝の半導体部門が売却されたときの流れと、お金の流れに関しては解説したので、売却されたり出資を受けた時に東芝メモリの貸借対照表はどう変化したのかを見ていきます。当時の東芝メモリから現在(執筆日:2023/9/26)までの変遷を見てみます。
東芝の半導体メモリ部門から、東芝メモリを経てキオクシアに至るまでの間に4つのポイントでBSを見てきます。
【BSの変化を見る4つのポイント】
・Pangeaと合併する前
・出資を受けたあと
・優先株の償還後
・直近(2023/3/31)
Pangeaと合併する前
まずは、Pangeaと(旧)東芝メモリが合併する前のBSを見てみます。このBSは少し複雑です。2018/6/1にPangeaは(旧)東芝メモリの株式を東芝から受け取っています。Pangeaが(旧)東芝メモリを買収した時点のBSをあとから修正したBSとなっています。
会社の買収が絡んでいるので、(旧)東芝メモリ自体のBSですと言い切れないのは難しいところですが、少なくとも2023/3/31時点よりはBSの状況は良いことはわかります。
今後、BSの推移を見ていきますが、着目していただきたいのは、固定負債と純資産です。
出資を受けたあと
次は、Pangeaと(旧)東芝メモリが合併して、東芝メモリに社名変更したあとの、2019/3/31時点を見てみます。
先ほどのBSと比べると、圧倒的に固定負債が増えていて、純資産が減っていることがわかります。
このからくりについては、別途解説していきます。(BSを見ただけだと、何が起こっているのかわかりにくいので、何がおこっているのかについては、買収の時のからくりを含めて解説します。)
優先株の償還後
次に、Phase1で出資を受けた優先株を償還して、日本政策投資銀行の出資を受けたあとのBSです。
2020/3/31時点のものを図にするとこうなります。
2019/3/31時点と比べても、さらに固定負債が増えています。純資産も減っていて、かなり固定負債の占める割合が高くなっていることがよくわかります。
自己資本比率を計算すると25.7%でした。なぜ固定負債がこれだけ増えたのかは置いておいて、長期負債が経営に重くのしかかっているのが見て取れます。
直近(2023/3/31)
最後に見るのが、投稿日(2023/9/26)時点で公開されている最新のBSです。
2023/3/31時点のBSはこのようになっています。
2020/3/31時点よりは改善していますが、相変わらず固定負債が重いですね。
自己資本比率は少し改善して、34.9%となっています。
次回への展望
今回の第一部では、東芝から(旧)東芝メモリが売却された流れと、売却されたときのお金の流れ、売却時にBSがどうなったかについてみてきました。
ここまでBSを見られた方であれば、なぜいきなり固定負債が激増したのか?ということを疑問に思われると思います。
固定負債が激増した理由は、はっきりわかっているんですが、1本の記事で書くとあまりにも長くなるので、今回は二部構成にしています。
今回の第一部では、(旧)東芝メモリは売却前と比べて固定負債が非常に増えているのがキーポイントです。
まとめ
この記事では、もともと東芝の半導体メモリ部門だったキオクシアが東芝から売却されたとき流れを解説しました。
売却された流れと、BSがどう変化したのかはおわかりいただけたのではないかと思います。
第二部では、肝心の「なぜキオクシアの固定負債はこれほど増えたのか」という謎・売却時のスキーム・キオクシアはこれからどうしていくべきなのかについて解説していきます。第二部のリンク先はこちらです。
わからない部分や間違い・ご意見等がありましたら、お気軽にコメントしてください。
このブログでは、半導体に関する記事を他にも書いています。半導体メモリ業界が中心ですが、興味がある記事があれば読んでみてください。
この記事はここまでです。最後まで読んでくださってありがとうございました。
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